道南旅行記 東京→札幌(20170826)

 10:10分離陸の飛行機に間に合うだろうと8:30分頃に高を括って家を出たら、来る電車の塩梅で09:58に着いた。成田空港の腸のようにうねった広い通路を息を切らして走った。間に合うわけもなく。事情をカウンターの受付に話すと、計らいにより二時間後の飛行機に追加料金なしで乗せてくれる、とのこと。深々とお礼をした。カウンターの隅には四人ほどの男たちが、ぼくの来る以前から抗議をしている。偉いやつを出せ。おれたちは客なのに、なんでお前らが客みたいに威張ってんだよ、とかを怒鳴っている。いずれも背はさほど高くないが肩幅がひろい所為でかなり威圧感のある肉塊に見える。短パン姿で、髪はみじかく刈り上げいちばん声の大きい男はスキンヘッドだった。いずれの男たちも焼肉みたいによく日に焼けていた。空港の購買で、行先で会う予定の友人への詫びにうなぎパイを買った。

 

 

 飛行機に乗ると習癖なのか眠くなる。起きるとまだ飛行機が空を飛んでいた。そろそろ着陸の気配があってもいい筈だが、と漠然と思った。通路を挟んで反対の席の子どもが、ぼくが寝入るまえと同じ文句を叫んでいる。ドラえもん見たい、ねえ早く北海道に着きたいのに何で着きたいの。そして勝手に30、29、28と数を大声でかぞえ出す。親が子どもにその秒数を課すことで無理にでも言うことをきかせようとするかのように。その気持ちはよくわかる。ぼくもいまだにあたまのなかやる。こころを落ち着ける為の幼稚な呪文として。

 ただいま新千歳空港周辺に雷雲が発生しており、着陸できない、と操縦室から連絡がありました、と機内アナウンスが入った。子どもは途中で数をかぞえるのをやめて別の欲求を叫んでいる。

 

 

 新千歳空港から電車で30分ばかりで札幌に着く。友人のYとあらかじめ打ち合わせていた場所で落ち合う。二年ぶりに、そして彼の住む北海道でははじめて会う。遅れたことを詫びたあと、駅構内の宮越屋珈琲で珈琲を飲む。さっきお土産屋で白いブラックサンダーを見たよ、と言うとYがなんかそっち(本土)のブラックサンダー、黒いのが売ってるらしいね、このまえ大阪で友人に黒いの貰ったけど、なんで黒いんだ、って思って……、と言う。

え、ブラックサンダーで黒いのがデフォじゃないの。

そうなの?

だって「ブラック」って書いてるじゃん。

ああそうか、言われてみれば。

 

 喫茶店を出て、北海道庁旧本庁舎へと向かう。

 珈琲を奢ってもらった。地上に出てYの背中について行きながら、札幌の街が碁盤の目状になっていることを教わる。たしかに北17西5のような看板が車道に出ていた。北海道庁旧本庁舎は、文明開化期の象徴のような赤々とした色の煉瓦の建物で、中には侵略者視点のアイヌの歴史から、適当にスペースを埋める為につくったみたいな北海道の名産品一覧みたいな展示までがあり、たくさんのひとが写真を撮っていた。ぼくも幾つか撮った。

 旧本庁舎のへ見学時間が終わり、施錠の時間に合わせて外に出る。旧本庁舎のちいさな日本庭園を散策する。川に泳いでいる亀を見つける。川を泳ぐ亀を間近に見たのははじめてなので興奮する。合鴨もいる。巨大な鯉もいた。Yに、鯉を食べたことがあるか訊かれ、いいや、ない、と答える。鯉は臭いんだよ、と教わる。一匹の鴨が陸にあがってきて、ぼくらの近くまでやってきて、地面を一心につつき、たぶん虫を食べていた。うっすらとした夕空の水色と赤色が、水面に混ぜ合わせた絵具のように反映していた。蓮の葉がたくさん浮いていた。その場所の写真は撮って後にTwitterに載せた。

 

 ジンギスカンを食べる為に、夕方の札幌駅前から徐々に離れて、すすきのへと差し掛かる。駅前の広大な車通りと高層ビルそのままに商業施設の看板が風俗店の看板にそっくり入れ替わった感じ。歓楽街にありがちな手狭さ、猥雑さがない。すべてがおおっぴらなんだよ、とYが言った。ホスト系の恰好のひとが多く、客引きか一般人なのか判別がつきにくい。Yの書く小説にはよくすすきのが登場する。そこから何となくイメージを形成していたけれど、実際の風景となるとそれ固有のおどろきがある。

目当ての店はメインの通りからすこし離れた地帯にあった。ジンギスカンはとても美味しかったので自分が少食であることも忘れて過食して、しばらく動けなかった。野菜も美味しかった。玉ねぎの最良の滋味。ぼくの指よりも太いアスパラガスの滋味。

 二軒目に飲みに行くまえに腹ごなしの時間をあたえられる。友人が音ゲーをしているあいだ、ぼくは消化をする。そして飲みに行く。商業ビルの高層で、窓からコカ・コーラの看板が点滅しているのが見える。店員も客も水商売のひとのように映る。友人が頼んだカクテルの名前が「ブレードランナー」で、コップの中にゆっくりと色を変えながら光るボールが入っており、やたら暗闇に映えている。ぼくはシーバス・リーガルのロックを呑む。あとで店の名前がElectric Sheepであることに気づく。その店のあるビルの一階は鰻屋だとYに教えてもらう。急にたくさんの風景が映画っぽく見え出して満足する。

 

 Yのある家まで地下鉄に乗る。地下鉄は揺れながら凄い速度で走っている気がして、なんか怖いんだけど、とYに言うと、おれもそんな気がしてきた、と言う。彼はふだんは当然ほぼひとりでその轟音のする地下鉄を乗り降りしている、という。最寄り駅に上がる際にセイコーマートに寄ってカツゲンと豆パンを買う。北海道に当たり前にあるものに執心するのでYが笑う。

 Yの家に行く前の道は国道が通っていて、やけに広い。ただの路地でさえ車二台が通れそうだ。冬になると除雪車が通るから、とYが言う。ぼくは除雪車をじかに見たことがないので想像するしかない。極寒地域の冬の生活感覚が、このからだには一切ない。

 彼の家でゲームをしたり小説について喋ったりする、そのうち眠くなって微睡んでいるときに、翌日以降の旅程で行く街の美味しいものについてYに教えてもらうけれど、翌朝ちゃんと覚えているか不安になる。食べ過ぎなければもっとたくさん喋れたのにな、と後悔する。翌朝起きてカツゲンを飲んで、豆パンは食べられないのでリュックに入れた。